60年の物語

  • 玄米酵素の開発者である奥脇雅澄は、大正14年から昭和9年まで製薬に対する勉学に励みながらヒノモトを創製し、昭和11年、小宮山友則陸軍軍医大佐に臨床実験を依頼してその証明書を受けています。
    昭和15年にはビタテツキンで米糠と胚芽を「コロイドイオン」で処理して、医薬品として認可を受けて発売を始めるとともに、昭和18年11月29日に技術院に論文を提出し、昭和19年3月16日技術院より報奨状を受賞しました。

  • 報奨状

  • 萬成理薬株式会社設立

  • こうした研究を土台に、東京東村山の篠田病院院長の篠田義一医学博士と日本大学教授で文学者(童謡てるてる坊主の作詞者)の浅原六郎氏らで昭和29年6月27日、萬成理薬株式会社が創業され、日本で最初の玄米酵素が誕生したのです。
    当時、製造は実弟である奥脇好男が中心となって担い、以来60年以上にわたってその製法を守り造り続けてきました。

  • 浅原六郎

  • 奥脇雅澄

  • 奥脇雅澄は夫人である飯田寛子とともに、伊豆大仁、山梨の富士吉田で活動を継続し、昭和45年に統合生産を起こしました。しかし、奥脇雅澄は昭和47年に他界。昭和48年に夫人の飯田寛子と奥脇好男とで現在の山梨県大月市に有限会社万成食品を設立しました。平成19年代表取締役を奥脇好男から長男の奥脇保に交代、新製品として、粒状のスーパー酵素、小麦胚芽入りケンコウキンの販売を開始しました。

  • 発売当初のケンコウキン

  • 奥脇好男

  • 同時に、当社総販売代理店として株式会社万成酵素を設立、インターネット販売などに力を入れてきました。また、生活クラブ生協(東京、神奈川、千葉)、OEM(委託製造)などを通じた売上が拡大したため、平成23年4月秋田県鹿角市に新工場を建設し現在に至っています。

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