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「麹菌は、生きて食べなくてもよいです。」種麹メーカー、糀屋三左衛門(黒判もやし)の村井裕一郎様。noteより。

「麹菌は、生きて食べなくてもよいです。」種麹メーカー、糀屋三左衛門(黒判もやし)の村井裕一郎様。noteより。

良く、聴かれる質問が「麹菌が何度で死ぬんですか?」、そして、「麹菌が死なないようには(味噌汁やあま酒などを)どう加熱すれば良いのですか」という質問です。

今日は2つの話をします。1つは麹菌が死ぬ温度の話。もう1つは、麹菌を生きて食べても意味が無いという話、の2つです。

尚、ここでは麹菌が生きているの定義は、『胞子を形成して増殖する能力、及び、菌糸を成長させて酵素の分泌能力が失われていない状態』としておきます。そして、その能力が失われた状態を死んでいるとします。

こう書くと固いですが、ようは、一般に麹菌に期待されている能力が保たれているということをもって生きているとします。

結論から行きます。『麹菌は60度~70度ぐらいでほぼ死にます』。麹菌自体が胞子の状態であり乾燥しているほど比較的高温でも耐えますが、それでも70度ぐらいが限界に近いようです。

これをきいて『じゃあ、麹菌の入った食品を温めないようにしよう!』と思われるかもしれません。

加熱して食べるべき食品は、加熱してください。

大事なことなので2回言います。

加熱して食べるべき食品は、加熱してください。

大事なことなので、次は引用符をつけて書きます。

「加熱して食べるべき食品は、加熱してください。」

人間、どうしても1つのことに集中しがちですが、食べ物の中には麹菌だけが生きてるわけではありません。中には、人間に害を及ぼす食中毒の原因菌なども住んでいる可能性があります。小さな生態系ともいえますが、そうであればこそ、人間にとって良い菌も悪い菌もいます。むしろ、彼らにとっては一生懸命生きてるだけで、それを人間にとって役立つか害になるかどうかで善玉菌とか悪玉菌とか、人間の都合で勝手に呼んでるわけです。

そして、人間は、本当に大昔に火を発見し、『加熱』という調理法を編み出しました。これにより、食物中の微生物を相当数殺し、そして、加熱することによって食物を消化しやすくなり、人間が安全に食物を摂取して生きていくことが出来るようになりました。また加熱することにより美味しくなる食品もたくさんあります。

そうやって、長い長い時間をかけて「これは火をかけた方が美味しい」そして、「これは加熱した方が安全に食べられる」ということの知恵と経験の積み重ねで、現代の食生活は成り立っているわけですから、加熱すべきとされているものは、ちゃんと加熱することが賢明だと思います。

「麹菌は胃で死ぬ」

さて本題、タイトルにも書きましたが、『麹菌を生で食べる意味』について。結論から言えば、発酵食品に存在する出芽した麹菌は、そのままでは胃酸で溶けると考えられます。

胃酸というのはpH1という極めて強い酸です(pHは数字が小さいほど強力な酸になります)。理科の実験で、塩酸とか硫酸とか使ったことあるかもしれませんが、小中学生の理科の実験で使う濃度のレベルじゃありません。もし、『胃酸』が薬品として市販されていたら、間違いなく毒劇物指定で取扱に資格がいるレベルです。人間は、そんな強力薬品を体内で分泌しているんですね。

この強力な酸を生きて通過できる微生物はごくごく一部です。残念ながら、生きた麹菌を摂取したとしても、胃の中で敢えなく酸で死んでしまいます。

種麹をそのまま胞子の状態で摂取するのであれば、(アサガオの種のような状況を想像してください)、胞子は一種の仮死状態なので、胃酸にも耐える可能性も報告されていますが、通常発酵食品の中に入っている胞子出芽後の麹菌が能力を失わないまま胃酸を通過したという報告はないようです。

麹菌の胞子(種麹)です。カビの生えたパンを叩くとカビの粉が舞いますが、その粉が胞子です。これが、他の穀物などの上に着地して、水分などの条件が整うと、芽を出して成長をはじめます。

もし、麹菌をこのまま、目覚める前の仮死状態で粉薬のように口から摂取するようなことでもなければ、『麹菌が生きて届く』可能性はほぼないでしょう。

もし、芽が出た麹菌が胃で通過して、そして腸で旺盛に活動していたらと想像してください。今まで、皆さん、人生でたくさん麹を何らかの形で摂取してきたはずです。

そして、仮に、麹菌が腸内フローラを構成し、人間にとって『腸内で生きている必要がある微生物』だったとしたら

大便にカビが生えてたことありますか?

内視鏡検査で、腸にカビが生えていたことありますか?

それが、答えですし、直感的に腑に落ちるかと思います。

「なぜ「麹菌を生きて食べる」という話になったのか」

では、なぜ、『麹菌が生きて届く』という話が出たのでしょうか。一つには、『乳酸菌が生きて届く!』という非常に優れたキャッチコピーによって広まったイメージと、近年注目を集める腸内環境、腸内フローラのイメージでしょう。

確かに、乳酸菌は生きて届くものがあります(乳酸菌自体もとても幅が広いカテゴリです、決して乳酸菌という1つの菌があるわけではありません。『虫』といっても、バッタもチョウチョもカブトムシもダンゴムシもいるような話です。)

そして、腸内フローラという言葉に代表されますが、人間の腸内には、確かに、人間の腸内でも活動できる特殊な菌によって構成される微生物の生態系があり、それが様々な形で人間の活動に影響しています。でも、その中に『麹菌』がいるかどうかと言うのは、別の話です。

そもそも、普通の微生物は、めったに腸に生きて届かないからこそ、微生物が生きて届くことは、わざわざキャッチコピーになるくらい珍しいのです。

また、『乳酸菌が生きて届く!』のインパクトが強いせいでしょうか。それゆえ、『生きて届かなければ意味が無い』という勘違いも生んでしまったのが、インパクトあるキャッチフレーズの副作用のように思います。

さらに、そのイメージに乗っかって『麹菌が生きています!』と、キャッチフレーズに用いるサプリメントも増えています。確かに、低温で作成することで、麹菌がそのサプリメント中で生きている可能性はあります。でも、『麹菌が生きているから何なの?』ということには注意していきましょう。

もちろん、微生物が消化の過程で生き物としては分解されたとしても、その残骸や分泌物や生成物が、人間にとって有益な作用をするということはあります。麹菌も菌体そのものが何らかの作用をしている可能性は否定は出来ません。ただ、それは「生きて届いてる」ということとは話が違うので、安心して加熱すべき料理は加熱してください。

そもそも、何百年、下手すると何千年と人間は微生物とともに過ごしてきました。もし『生』で食べた方が健康に良いと言うことであれば、それが長い年月の経験のなかで生活の知恵として発見されていき、私たちに伝わっていることが多いのではないでしょうか。

なので、ヨーグルトや漬物のように非加熱の発酵食品は非加熱で、味噌汁や甘酒など加熱が標準のものは加熱して食べることが、結局は理にかなっていることが多いです。麹菌は、もちろん、よく分ってないことも多いのですが、つい最近発見された新生物じゃないですからね。

「なぜ、発酵食品が体に良いの?」

じゃあ、なんで発酵食品が体に良いのか。もちろん、有名乳酸菌飲料のように微生物が直接腸にとどくことで体に良くなるタイプの発酵食品はあります。

しかし、多くの発酵食品は、『そもそも発酵の過程で有益な成分が生成されていたり、消化しにくい物質が消化しやすくなって、人間の体に取り込みやすくなっている』からです。

味噌も、醤油も、納豆も、ヨーグルトも、すでに完成時点で、様々な栄養、有益な成分が含まれています。だから、それを普通に食べれば良いのです。

『食品や料理は、微生物の菌体を摂取するための入れ物ではありません』

「微生物を生きたまま食べなくては!」というプレッシャーを感じる必要は全くないですし、むしろ、それを目的にすると、食品や料理の本来の姿、適切な食べ方を見失うことにさえなるのではないかと思います。

バランス良く、適した温度で、適した調理法で、美味しくいただく。これが自然に出来ていれば、そもそも、健康になるはずだとおもいます。発酵食品を食べようとすると、塩辛や漬物だけだと塩辛いからご飯や他のおかずも欲しくなる。納豆も単体だとちょっと厳しいですよね。味噌や醤油、酢、味醂は調味料ですから、そもそも使う相手となる食材が要ります。

味噌汁だって、もし、微生物をとるためなら、具無し、出汁なしで溶き汁を飲めば良い。でも、そうじゃなくて、季節の野菜や身の回りの食材を入れて具だくさんの味噌汁にした方が、味噌と具のマリアージュも楽しめますし、栄養だって具無しの味噌汁より何倍も豊富で多様です。

発酵食品を食べようとすることで、自然と色んな食品を食べるようになる。そして何より、食事の習慣がつく。

発酵食品には様々な有効成分があることが分っており、また、研究も進んでいます。科学的に解明され、理解が進むことで、より発酵食品の可能性が広がることへの期待もありますし、当社としても、様々に研究しています。

でも、基本にあるのは、『発酵食品を食べようとすることで、自分の食事に意識がいくこと』、その意識こそが、一番、自分や家族の健康に繋がることなのだと、私は思います。

「村井裕一郎」
種麹メーカーを経営しています。種麹とは、麹を造る元になる麹菌を商品化したもの。麹や発酵のこと、ビジネスのこと、日常生活のこと、色々こちらに書いていきます。2020年4月より京都芸術大学大学院。 MBA・みそソムリエ・一級ブランドマネージャー・愛知・豊橋・東三河

「株式会社ビオック」 http://www.bioc.co.jp